東京公演・ライブ・レポート

回想 2005年3月9日  By のすけTheふうらい帽

念願のP.H&J東京公演のこの日、恐れていたことが本当に起こってしまった。仕事上のトラブルで、定時に退社できなくなってしまったのだ。開演まではもう時間がない。職場のそばの世田谷通りでタクシーを止め、行き先を告げると、聞き返すことなく運転手は車を動かした。どうやら「めぐろパーシモンホール」は、アイルランド音楽愛好家の間では聞き慣れない名前ではあるが、世間では広くその存在が知られている場所のようだ。開演時間には何とか間に合いそう。 車寄せでタクシーを降ろされ、「さあて、小ホールはどこ?」と、入り口のドアを勢いよく開けたら、目の前がその小ホールだった。

ロビー、客席は、都内のアイリッシュパブでお顔をよくお見かけする方々でいっぱい。まるで、東京アイルランド音楽愛好家たちの総会のようだった。

客席はやはり前の方から埋まっていた。私は後方にあるPA卓の近くの席に座った。座ろうと思えば、もう少し前の席に座れただろう。しかし、この席にしたのは、彼らのパフォーマンスだけではなく、客席の反応まで、つまりこのP.H&J東京公演そのものを見届けたいという気持ちがあったからだ。

ステージ上にポール、ハリー、そして彼らの頼もしきパートナー、赤澤さんが登場し、それぞれの椅子に座る。オープニングは、彼らの完成したばかりのCD「…born for sport」の1番目のセット、"The Further the Deeper / I was born for sport"だ。ステージの選曲はそのCDからの曲が中心だったが、前回のThe Liffey Banks Trioの時に演奏された曲も多く取り上げられていることが、私にとっては印象的であった。

二人の演奏スタイルは、その前回に比べると少し変化しているのではないかと感じた。活字で表現するのは本当に難しいのだが、前回は「疾風怒涛」という言葉がまさにふさわしいものだったが、今回はそれが少し薄れ、「熟成」、「渋さ」や「精錬」という言葉が新たに加わった感じだ。あえて言い替えるならば、「"ため"をさらに効かせた演奏スタイル」とでも言うのだろうか。疾走感を感じつつも、聴きながら身体で心地よくテンポを感じ、浸ることができる。今回のCD製作やこの日本での公演が、彼らがセッションの回数を積み重ねるうちにどんどん具体化し実現化していったものであると人づてに聞いたが、まさにそのとおりだと感じた。

ステージのMCは主にポールの担当だが、セットの変わり目、エンディングの合図はハリーから出ていたようだ。特に凝った演出はなく、淡々とステージは進んでいく。

そして前半のステージの終了直前に、都内のセッションでもよく聴かれる"Clare Jig"に促されるかのように、もう一人のメンバー、ジョーが長身を少し屈めるようにして登場。ステージ中央でステップを踏み始めた。ジョーのリズミカルな靴音が会場内に響き渡る。ある時はハリーの甘く、太いフルートの音に寄り添うように、ある時はそのフレーズに競い合うかのように縦横無尽に。ジョーは時々ハリーとアイコンタクトを取り、ステップを踏んでいた。それは、ハリーとポールが時折見せるものと全く同じであった。ジョーは正にダンスシューズという「楽器」を演奏していた。後半のステージには、ジョーはボタンアコーディオン奏者としても演奏に参加。素晴らしいエアーを聴かせてくれた。ステップでの「動」とアコーディオンでの「静」、この日27歳になったばかりの彼は、素晴らしい「表現者」であった。



客席は、演奏と演奏の間の拍手を除き、終始静かだった。

あの静けさは何だったのかと今でも考えることがある。

そこには、無駄なものを極力排したフィドルとフルートとステップの共演という、アイルランド音楽の真髄に酔いしれていた人がいた。

特に、今までCDでしか聴くことができなかったハリーの独特なスタイルを、自分の目で、耳でしっかり確認しようとステージに注目していた人もいた。

と、同時に、今までのアイリッシュ音楽のギグやセッションで時々見られる盛り上がりを期待していたものの、淡々と進むステージと、会場そのものが持つ、パブなどでは感じられない少し"お固い"雰囲気に肩透かしを食わされた人もいた。

あるいは、最近のアイリッシュ音楽に見られる、凝ったアレンジやセット構成に慣れている人にとって、彼らのステージは単純で、なんだか物足りないものであったかもしれない。

いずれにしても、「陶酔」と「困惑」、このふたつが客席を支配していたのは間違いない。

しかし、それをもって、彼らの東京公演の成功・失敗を判断するのは、早計だろう。むしろ、われわれが親しんでいるアイルランド音楽の中には、このようなスタイルも"あり"なのだよいう、この音楽自体の持つ懐の深さを再認識できた、貴重な機会としてとらえるべきだと思う。



蛇足だが、翌日のワークショップ、そして翌々日の臨時セッションには、多くの熱心な演奏家、ダンサーやアイルランド音楽愛好家が集まったことをここに記しておきたい。彼らが東京にやって来るのを多くの人々が待ち望んでいたことは、間違いなく本当のことなのだ。



ステージ自体は休憩1回を挟み、アンコールを含め正味2時間弱程度だろうか。やはり、聴く側はもっと聴きたい、そして演奏する側はもっと演奏したいと感じたのではないだろうか。事実、梅田・バナナホール公演で演奏され、ここでは聴けなかった曲やセットがあった。その中には、クラン・コラのコラムでおなじみの"5パート構成のReel"や、私自身の話で恐縮だが、バナナホールで不覚にも涙が出そうになった名曲"Coolin"が含まれていたのは、本当に残念。東京の皆さんに生で聴いてほしかった!(幸いにも、"Coolin"の方は、今回のP&HのCDに収録されているので、ぜひ聴いてください。m(_*_)m )

公演終了後のロビーでハリーに少しだけ話しを聞くことができた。「会場が本当に素晴らしかった。音響が本当によくて、演奏を十分楽しむことができたよ。」と満足そうだった。

またあの場所で、彼らの演奏を聴いてみたい。彼らの演奏はどう変化しているだろうか。あるいは変化していないだろうか。聴いている側の反応はどう変わっているだろうか。




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